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最高裁判所第三小法廷 昭和23年(オ)8号 判決 1948年6月01日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は、上告人の負担負担とする。

理由

本件上告理由は添付の別紙記載のとおりであつて、これに対する判断は次のとおりである。

第一点について。

地方自治法第三七条は、同法第三二条(旧町村制第二二条)によつて無記名投票制を採用した町村の議会の議員選挙について衆議院議員選挙法第三九条を準用して、何人といえども選挙人の投票した被選挙人の氏名を陳述する義務のないことを規定すると共に地方自治法第七三条(旧町村制第三七条)は衆議院議員選挙法第一一六条第二項をも準用して官吏又は吏員が選挙人に対してその投票した被選挙人の氏名の表示を求めることを禁止し、これに違反した場合の罰則を定めている。これらの規定の立法の趣旨は、正当な選挙人が他からなんらの掣肘を受けずに自由な意思で投票することができ、従つて選挙が公正に行われることを保障したものであること勿論であるが、これをもつて選挙権のない者が投票した場合を除外して規定したものと言うことはできない。けだし、議員の当選の効力を定めるに当つて、何人が何人に対して投票したかを公表することは選挙権の有無にかかわらず選挙投票の全般に亘つてその秘密を確保しようとする無記名投票制度の精神に反するからである。従つて、これらの規定は選挙人として投票した者が実際に選挙権を有したと否とを区別せずに適用されるものと解さなければならない。もつとも、法律の他の規定からこれらの規定の適用が排除される趣旨が明かな場合(旧町村制第三七条及び地方自治法第七三条によつて町村の議会の議員選挙に準用される衆議院議員選挙法第一二七条は選挙人でない者が投票した場合及び氏名を詐称したりその他の詐偽の方法で投票した場合を犯罪として処罰している。これらの犯罪の捜査又は処罰にはその投票者及び被選挙人を明かにする必要があるので、前記の規定の適用はおのずから排除される趣旨が明瞭である)はこの限りでない。しかし、議員の当選の効力を定める手続についてはかかる規定はないのであるから、選挙権のない者が何人に対して投票したかを証拠調べによつて明かにすることは法律の許さないところと言わなければならない。されば論旨は理由がない。

第二点について。

上告代理人は本論旨で、原判決が町村制第三二条の解釈適用を誤つたことを非難しているが、原判決は明示的にも黙示的にも右の規定を適用していないのである。町村制第三二条はいうまでもなく選挙争訟に関する規定であつて、当選争訟に関する規定ではない。そして、記録によつて明かなごとく、上告人は千葉県山武郡日向村選挙管理委員会が上告人の当選を無効とした決定に対し被上告委員会に訴願し、被上告委員会も上告人の訴願を理由のないものと裁決したので原裁判所に本訴を提起し、前記日向村選挙管理委員会がした上告人の同村会議員当選を無効とする旨の決定を取消すことを請求の趣旨としたのであつて、原判決も亦上告人の当選を無効と認めその請求を棄却したのであるから、本件は当選争訟として審理判決されたものであり、従つて町村制第三二条は黙示的にも適用されていないのである。そして、本件のごとく、選挙権のない者のした投票の無効を主張して当選の効力を争う争訟は当選争訟であつて選挙の効力を争う選挙争訟ではないのであるから原判決には違法はない。されば、論旨は原判決に添わない主張であつて採用することはできない。(その他の判決理由は省略する。)

よつて、上告は理由がないので民事訴訟法第四〇一条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

以上は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 庄野理一 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)

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